妻と2人の子どもを持ちながら無職になった
33歳。働き盛り。
妻は扶養内のパート勤め。
子どもは1歳と2歳の未就学児。
長い人生の中でこんな重要な局面に何でこんなことになっているだと絶望している。
でも、絶望なんてしているわけにはいかない。
こうしている間にも生きていくにはお金がいるし貯金額も減っている。
どうしてこんなことになってしまったのか。そして今後どうなっていくのか不安な気持ちと今後への想いを書き残しておく。
同じような境遇でこの記事に辿り着いた人々の支えにもなればと思います。
まず、今から5年前このブログを開設した頃は人生でもピークに楽しかった時期。
7年間の自営業を辞め、自分が心から楽しめる会社に就いた。
日々やる気に満ち溢れていて、自分の人生が最高潮に良くなっていく実感を得ていた頃だった。
そこから、1年経って転勤した先で上司たちから毎日続く激詰めによって病んでしまった。
このときに初めて【転職】という言葉が浮かんだ。
しかし、仕事自体は心から好きだったので「絶対に認めさせてやる!」という一心で努力を重ね続けて転勤から1年経ったときに直属の上司たちが転勤し、自分が店舗の中核を担うことになってからはモチベーションが復活。
1年間歯を食いしばって努力をしたからこそ実力が付いてきていたし、社内で一番尊敬していた上司が転勤してきて直属上司になり思考の回し方を再教育していただいたことで更なるレベルアップに成功。
転勤してきた当時パワハラレベルで激詰めしていた上司たちからも頼られるようになっていた。

その後の功績を認められて更に転勤。自宅から一番近い店舗になった。
当時の自分は社内でも有名な厳しい上司たちに教育されたこともあって、どこでも戦えるぐらいに刃がキンキンに研がれていてやりすぎなぐらい。
ところがその店舗はこれまで勤務していた社員たちの影響で完全なぬるま湯状態。
数字は追いかけない。努力もしない。ほどほどでやればいい。
心のゆとりはできるかもしれないけど、キンキンに研がれた刃はみるみる鈍っていった。

そんな店舗に配属されて1年が経過した頃、給与改定があった。
新卒の初任給をあげるために中堅以上の給与が実質大幅にカットされることになったのだ。
結論から言えば僕は月3万円弱の減給。年収は300万を切ることになる。
妻子を抱えてそれはいくらなんでも厳しい。
昇進して少しでも給与が上げるために評価だけでなく、社内で誰も持っていない資格を持って周りから更に頭一つ抜きんでる必要があると考えた結果
社内で1人しか持っていなかった【第二種電気工事士】を取得した。

そうして、社内の誰よりも資格を取得し評価を上げ続けた結果どうなったか。
同期の中で唯一昇進させて貰えなかった
昇進に必要な資格も取得していない、評価も平凡で家族も持っていない同世代たちが昇進して僕だけ上がれない。
理由は不明。昇進した同世代たちからも疑問の声が上がり、僕の手が届く本部の方々に聞いても理由はわからない。
ここで会社への不信感が大幅に膨れ上がったところで、更に方向性の見えない会社の大規模な路線変更に疑問を感じて団結していた同世代の仲間たちが一気に6人離職。
昇進した同期も求められるレベルに追いつけず離職者が出た。
そんな僕も仕事に対する士気が下がり、仕事に対する向き合い方が雑になっていくのを感じて転職を検討して半年が経過した頃。
「このままここに居て腐るぐらいなら環境を変えて成長の機会を得るべきだ」と考え
2026年3月。入社から6年半で心から楽しめていた会社を退職した。

初めて転職エージェントを使って転職をしたのは工場勤務。
小売業のときは平日休みで仕事の日は帰宅時間が20時を過ぎることもあり、年末年始も仕事であったため家族との時間が作りづらかったことから家族のことを考えて給与や休日を優先した転職先だった。
年収は60万円上がり決算賞与を含めば100万近く上がる。
年間休日は127日。残業も原則無し。
しかも、所属した製造チームは全員が30代の同世代。
全員が家庭持ちで、これなら相談もしやすく安心して働き続けられるという安心感。
これなら家族との時間を過ごしながら長く安定して働き続けられると将来に期待をした。

勤務を開始してからは全力疾走!
誰よりも早く出勤してその日の作業を準備。
会社から支給されたマニュアルだけでなく、作業をしながら先輩社員の所作や要領をメモして自分専用のマニュアルを作成。
作業内容も自分のスキルが付いてこれるレベルだったので率先してやらせていただくことで技術も身につける。
第二種電気工事士をもっていたおかげで、他の作業員との差別化として工場内の簡単なスイッチの位置交換や集塵機の操作パネルの交換など施設管理なども行う。
会社の飲み会にも積極的に参加して普段接しない従業員の方々との接点も作って横の繋がりを作る。
目の前の決められた作業だけを黙々とやる日々に「俺の人生はこれでいいのか?」という想いはあったが家族との時間のためと言い聞かせて割り切れた。
肉体労働な部分もあるので日々の筋肉痛・肉離れ・火傷などの怪我はあったけど家族のためだと頑張れた。
それらの努力が認められて通常3ヶ月間の研修期間を2ヶ月に短縮しての独り立ちに成功。
相手に配慮しすぎるあまり、教えられるのがあまり得意ではないので「これでやっと肩の力を抜いて作業に集中できる」と安堵した。
そう思っていた頃から状況が一変。
直属の上司から急にパワハラをされるようになった。
・作業中は終始無言。
・質問しても溜息をつきながら最低限のことしか答えてくれない。
・休憩中はスマホを見て話しかけても無視。
・指示は指差しだけか、単語を言うだけで指示が把握できず連携が取れない。
・1日一緒の作業をする日に朝の挨拶をするとあからさまに不機嫌な態度を取られる。
・自分で考えて要領よく動こうとすると、その人の思い通りでなければ怒鳴られる。
・上司の作業スピードについていかされて遅れたら怒鳴られる。
などなど・・・・挙げ出すととキリがない。
常に相手の立場になって考えて動こうとする僕との相性は最悪。
・相手に合わせて動く=相手より1手遅れる→早くあれをしろと怒られる。
・相手の動きを先読みをして動く→勝手なことをするなと怒られる。
・相手と一緒に作業をする→本来一人の仕事なんだから自分でやれと怒られる。
その人の作業スピードについていくだけでも精一杯なのに、そこに相手の一挙手一投足に常に気を張りながら動いては怒られるを繰り返す日々にみるみる精神が削れていく。
左耳が聞えなくなり、下痢が治らず、食欲は無くなり、夜も眠れなくなったからか3週間で体重が6キロ落ちた。

そんなある日、朝出勤して工場内に入りその日の作業の準備をしていたところ、目の前の景色が急にぐにゃっ・・・と歪み平衡感覚が無くなってしゃがみ込んでから立てなくなった。
そこでその場に偶然居合わせた工場長に発見され「大丈夫か!?休め!」と言われたことに「大丈夫です!」という普段の自分なら言うであろう言葉は出てこなかった。
肩を担がれて工場から出て少し休んだ後で面談。
作業環境に対して日々違和感を感じていたことや上司からパワハラを受けていたことを正直に話したところ4日間の休暇をいただいた。
翌日、体調不良の可能性もあると考えてかかりつけ医を受診。
結果的に病気などの心配はなく精神的な体調不良で間違いないとのことで、精神を落ち着ける漢方と睡眠薬を処方していただき2週間の療養を勧められた。
休職が必要であれば診断書も書いてくださるとのことだった。
休暇の間は実家へ帰ったり、先輩や前の職場の上司に相談に乗って貰ったりしながら人と接したい一心で回復に努めた。
先輩たちと話している際に自分の笑い声を聞いて泣きそうになった。
気づけば入社してから、あれだけ話好きだった自分が人との会話が無くなり笑うことすらない日々を過ごしていたことを実感した。
薬のおかげで夜は眠れるようになったからか身体的な不調は無事に回復していった。

しかし、精神的な面では回復せず4日後の面談では追加で1週間の休暇を希望したところ
会社側から次の面談では復職・休職・退職のどれかを選ぶようにとの打診を受けた。
1週間後の面談の日が入社から丁度3ヶ月で試用期間が終わるタイミングだったからだ。
そこから1週間周りに相談しながら【退職前提で休職をしながら転職をする】方向で話がまとまった。
しかし、周りの意見を聞きながら自分で薄っすらと思っていた不安を言語化してみた。
「会社へ退職を告げることを前提に休職するなんて自分にはできない」
会社からすれば復職前提で動くため復職する連絡を待っている。
そんな相手がいる状態で休むことなど、自然と相手の立場を考えてしまう自分にとってはとんでもないストレスで退職を伝える日のことを考えたら罪悪感でまた気分が悪くなる。
だからと言って、その罪悪感に迫られて会社へ戻ったとしても絶対にまた体調を崩す。
それこそ会社にとっては迷惑でしかない。
そんな考えが頭の中を支配していた。

どうするか追い詰められていたところで、転職エージェントから休職をした場合には1週間であろうと休職を行った場合には履歴書に休職を記載しないといけないとのことを教えていただいた。
会社への休職中の罪悪感と復職をしたときの不安、または退職を伝えるときの罪悪感を抱えながら過ごしながら履歴書に「早期退職」だけでなく「休職」のレッテルまで貼る必要がある。
幸いにも現在は休職ではなく【体調不良】ということで会社は休んでいる。
それならば、ここでスパッと退職すれば履歴書には休職を記載せず「早期離職」のレッテルだけで済むしタイミング的に試用期間というタイミングも相まって自分の経歴的に筋の通った説明ができる。
保険の切り替えや一時的に無収入になるデメリットは大きいが、
それでも今後のことを思えば家族には迷惑をかけるが退職を選ぶのが自分の最善策だと感じたため次の面談で【退職】を伝えた。
有難いことに会社側からは部署移動や今後のキャリアなどの提案もいただいたが、
少ない従業員の数で回している工場内で一度こんなことがあると、どう頑張ってもわだかまりはできるし気持ちよく仕事はできないので丁重にお断りさせていただいた。

想定外だったのは退職の意向を伝えてから基本的に退職日まで2週間かかると想定していたため、少し休んでから転職活動に取り掛かろうと思っていたら会社の締め日の関係で意向を伝えた2日前が退職日になってしまったこと。
ゆっくり休むどころか、その当日から家庭持ちの無職になってしまったのだ
しかし、ここまで綺麗さっぱりわだかまりが無くなると気持ちが一気に軽くなった。
毎日、目の前が真っ暗で起きるのも嫌だった精神的ダメージや会社への今後の対応の不安などがなくなり今後の展望や希望に焦点を当てられる心の余裕ができた。
妻や家族の負担が大きいのは心苦しいし、先のことを思うと違った方向性で精神的につらいことはある。
それでも、自分自身を取り戻せたのは何よりも大きい。
改めて今後の家族と自分の未来のために自信を持って転職活動を本格的に始動させ、興味のある業界への転職を進めており先日無事に一次面接を通過することができた。
今後どうなるかなんてわからないけれども、あの工場勤務中に感じていた不安、違和感、息苦しさを味わい続けることを思えば良い方向に進めるはず。

工場勤務を経験したからこそ、自分の適性を明確にできたことは大きな財産。
1年後どうなっているかは未知数だけれども、今この瞬間を大切にして前を向いて頑張ろうと思う。
この文章を改めて読んだ1年後の自分は、この時の判断がどうだったのか正直な感想をまた文章にして書き留めて欲しい。
【追記】
今回の一件で改めて自分が周りに恵まれていることを実感しました。
誰かに相談をしたら、横の繋がりで直接話していない3人から心配のLINEや電話が来るような状態で次々連絡がきて気分が落ちきる隙がなかったのは本当にありがたい。
全員が口を揃えて「辞めろ!」「休め!」「お前なら大丈夫!」と背中を押していただいたおかげで自信を持って再スタートすることができています。
ご連絡いただいた皆様、本当にありがとうございました。



